落語のいっかくめ!

カジュアルな落語ネタ紹介を目指してますっ

【落語】豆腐屋の僕が売り物を食べようとした犬を追い払おうとしただけなのに、裁判沙汰になってしまった話

 

 

えー、本日も一席お付き合い願います。

 

 

突然ですが、

「雪花菜」って読めますでしょうか?

 

 

これは、「おから」と読んだりします。

ダイエットでおなじみの豆腐の搾りかすを
原料にした食べ物ですね

 

ただこの「おから」は、「空っぽ」を連想させて
縁起が悪い読み方と仰る方がいたようで

 

縁起が悪い名前のままだと売れないと
昔の商売人が考えたからか
実は「おから」は色んな読み方があったりします

 

卯の花」や「大入り」などなど…

 

面白いところで
「きらず」なんて読んだりもします。

今でも「きらず揚げ」なんて
お菓子が売ってたりしますね

 

なぜ「きらず」なんて呼ぶかというと
諸説ありますが
「商売相手との縁を切らずに」という意味を込め
縁起を持たせるためだそうです。

 

昔の豆腐屋さんも色々考えたものですね

 

さて、今日はそんな豆腐屋さんを
発端とするお話です…

 

 

 

 


 

さー、今日も一日頑張って豆腐を売るぞー!

朝3時でまだまだ外は暗いから 足元に気を付けないとね!

ん?なんか外で物音がするような…?

(モシャ…モシャ…)

!?

なんかでっかい犬が、うちのオカラを食べてる!?

うぅ、怖いけど…追い払わなきゃ!

こら!シッ!シッ!!

(モシャ…モシャ…)

全然どいてくれない…

こうなったら…

かわいそうだけど、この天秤棒でおっぱらおう!

えい!

ギャン!?

!?

変なところに当たって
倒れちゃった…

だ…大丈夫かな…?

!?

え、よく見たらこれ、犬じゃない!

豆腐屋さん、どうしたの!?
すごい音したけど!?

ここここ、これ…

え、おっきい犬が倒れてる…?

…ってこれ、犬じゃなくて鹿だよね!?

う、うん…

こ、こいつが、外に出してたうちのオカラを勝手に食べてて…
お、追い払うと思ったら、へ、変なところ殴っちゃったみたいで…!

も、も、もしかして死んじゃってるのかなあ!?

お、落ち着いて、豆腐屋さん

まだ気絶してるだけかもしれないから確認してみるね?

う、うん、お願い…

………

だめ、息をしてないわ…

……っ

まずいわね…

知ってると思うけど、この町では鹿を神様のお使いとして崇めてるから町に入ってきた鹿でも、殺すのは重罪だよ…?

うん…

確か、裁判にかけられて、故意に殺したとされると百叩きの上で打ち首だし…

わざとじゃなかったとしても首を斬られちゃう…

うん……うん……

…どうしたら…いいのかな…

こうなったら、この鹿の死体…

隣の家の前に運んじゃおう!

いや、ダメでしょう!?

いけるよ!

隣の家の人はまだ起きてないから!

今なら罪を擦り付けられるから!

擦り付けられた隣の人はどうなるんだよ!

だいじょうぶ!

隣の人が朝起きて
家の前に鹿の死体を見つけてびっくりした後に

隣の人もそのまた隣の人の家に死体運ぶから♪

エンドレスな罪の擦り付け!?

最終的には一番遅く起きた人が負けだね!

なにその早起きデスゲーム!

なら!せめてコンクリ詰めして海に沈めよう!?

今なら誰も見てないよ!

ヤクザの手口じゃないか…

それに、だめだよ

もし死体が見つかった時、関係ない人に迷惑がかかっちゃうかもしれない…

殺したのは僕だもん…他の人に迷惑はかけられないよ…

……なら、どうする気なの?

…自首して、正直に話すしか…ないと思う…

確かに故意じゃなく殺しても死刑だけど…

今の裁判長さんは人情深いって評判のいい方だから

何とかしてくれるかもしれない…!

……そうね

なら、何を聞かれても正直に答えること!

嘘が一番、心証を悪くするからね!

わかった!?

う、うん。わかったよ!

 

 


 

 

<数日後、裁判所>

 

皆さん、お静かに

これより、先日発生した鹿殺しに関する裁判を執り行います。

皆さんもご存じの通り、この町では神のお使いである鹿は最重要保護対象です。
鹿を殺した者は例え過失であっても死罪と定められています。

このため、鹿の殺害の裁判の被告者は弁護人を立てる権利は与えられず

裁判官である私と検察官である重要動物保護局職員のみで、本件の審議を行います

検察官、準備はよろしいですね?

はあい、問題ありません

この凄惨な事件に相応しい
判決がでることを期待してまあす

では被告人、審議を開始します

…はい…

……

(…可愛い子ですね)

(調書を見る限り、完全に過失みたいですし)

(できれば死罪にしたくないなあ…)

(…だって可愛いし…)

(大体、鹿を殺したら過失でも死刑にするって、どう考えてもやりすぎだと思ってたんですよね…)

(ほんと、この規則考えたやつバカすぎ…)

(なんとか助けてあげたいですね…)

(可愛い子だし…!)

んんっ

では、開廷します

まずは、被告人

は、はいっ!!!!

調書によるとあなたは鹿が家の前に置いていた売り物を食べていたのでそれを追い払おうとしたけれど、当たり所が悪くて殺してしまった…

そういう話で間違いないですね?

…はい、そのとおりです…

なるほど…

状況からすると過失ではありますが、鹿殺しは過失でも斬首と定められています

あなたはこの町の出身で間違いないですね…?

は、はい、そうです!

では、鹿を殺すのは死罪というこの町のルールを知らないはずがないですね…

ただ…

仮に…仮にです

あなたが幼いころにこの町を出てしまっており、最近この町に戻ってきたということなら…

このルールを知らない可能性もあるので、情状酌量の余地も生まれてくるのですが…

そう、被告人、あなたはもしかして

この町を幼いころに離れていたのでは!?

?????

え、いえ、僕は生まれてからずっと…

ストップ!ちょっと待ってください!

…はい?

…話を聞いてましたか?

かーーーりーーーに!

あなたが幼いころに町から離れていれば!

情状酌量の余地も生まれてくるのですよ!?

…はあ

(…これは…!)

(裁判長さんは、何かを僕に伝えようとしている…?)

(ただ、何を伝えようとしているかはよくわからないけど…)

(僕は何を聞かれても正直に答える!!!)

いえ、この町を一回も出たことがない、どこに出しても恥ずかしくない地元っ子です!!!

(馬鹿なの、この子!?)

……そうですか

で、ではもしかしたらあなたは

朝早い時間に起床する生活から来る睡眠不足で、心神喪失状態にあった可能性もあります

その点を考慮しなければ正しい沙汰は行えませんが、あなたは当時は寝ぼけていたのではないですか?

そうですよね!? ね!? ね!?

(…裁判長さん、必死にウインクしてる…)

!?

(あれが噂の眼精疲労!?)

(やっぱり、心労の多いお仕事だしな…)

(うん、そんな裁判長さんにこれ以上手間をかけさせられない!)

(正直にいこう!!)

わかりました、裁判長!

わかってくれましたか!?

では、張り切ってアンサーをどうぞ!

いえ!しっかりと目は覚めておりました!!

はい、ポンコツ!!

(だめだあ! この子、かわいいけど やっぱりアホの子だ!)

(…こうなったら、逆の発想で、この子に嘘をつかせずに死刑を回避しないと…)

そうですか…

では、この町の規則に従った判決を下す必要があります

検察官、問題になった鹿の死体をここに持ってきてください

はあい、こちらでーす

……ふむ……

…よく見るとこれは!!

鹿ではありません!

ええ!?

はぁ!?

調書によれば殺されたのはオスの鹿です

オスの鹿には角があるはずなのにこの遺骸にはありません

なので、この動物はそう…

鹿っぽい犬です!

犬ぅ!?

い、いえ、これはどう見ても鹿…

お願いだから、被告人は黙っててください

は、はい

傍聴席の方々、いかがでしょうか

発言を許しますので、この遺骸が何に見えるかの意見を述べてください

代表してそこのあなた、いかがですか?

え、私!?

正直に答えなさい

これが鹿なら被告人は死罪ですが、これが犬ならこの審議そのものが無意味になります

とおおおおおおっても大事な判断なので

お願いですから、慎重に答えてくださいね

……!!

は、はい、これは犬だと思います!

よかった、こっちはまともな人でした…

え、いや、でもこれどう見てもしk…

いいから、被告人はお口チャックしてなさい!!

は、はい!?

そうよ!どう見ても犬よ!
だって、さっき、ワンって鳴いたもの!

へたくそか!
傍聴人席もお口チャックしてなさい!!

…失礼

…というわけで、この遺骸は鹿っぽい犬です

であれば、この度の鹿殺しの告訴自体が成立せず、今回の訴えは棄却するものとせざるを得ません

無論、犬だからと言って殺めてよいわけではありません。
過失であったことを考慮しても、死に至らしめた責任は被告人に生じます

以上のことから、この犬を懇ろに弔うことを条件にこの度の訴えを差し戻しといたします。

よろしいですね?

え…つまり…?

やった…!
死罪はまぬがれたってことだよ、豆腐屋さん!!

あ、ありがとうございます…!
ありがとうございます、裁判長!

では、本日の法廷はこれにて…

まったあ!!!

なーに、勝手なこと言ってるんですか、裁判長!

検察官殿…判決に不服でも?

おおありですよ!

これが犬ぅ!?
馬鹿言わないでくださいよね!

これはどう見ても鹿!

例え過失だったとしても死罪なんですぅ!

…被告人がこの犬を死に至らしめましたのは過失です

加えて、先に店の商品を食べられるという経済的な被害を出されています

それらを考慮しても貴方はこれを鹿と仰るのですか?

い、い、ま、す、ね!!

大体、告訴を取り下げろですって!?

重要動物愛護局のメンツにかけても一度上げた告訴を取り下げるなんてできませんね!

…局のメンツのためなら、一般町民を犠牲にしてもよいと?

それがこの町のルールですからね!

……あなたのお考えはよくわかりました

では、この遺骸を鹿とした場合、角がないのはどう説明します?

そーーーんなのもご存じないんですかあ、裁判長殿ぉ!?

鹿は栄養が不足すると、角がおちることもあるんです!

そんなこともご存じないなんてぇ、不勉強と言わざるをえませんねーっ?

…なるほど、それは勉強不足でした

それでは、この遺骸はやはり鹿なのかもしれませんね

そ、そんなあ!?

ふん、当然でしょう?
さっさと、死罪の判決をだして、終わらせちゃいましょう?

では、この遺骸を鹿と仮定しましょう

だとすると…

腑に落ちない点がありますね

はい?

角が落ちるということは、この鹿は栄養不足だったということですね?

そうですよー、さっき説明しましたよね?
裁判長さん、もう忘れちゃいましたー?

被告人の家の前のオカラを食べていたことからも、かなり空腹だったと言えると考えます

そうですね?

では、ここで疑問が出ます

ここまで鹿を飢餓状態になっているのに、重要動物保護局は何をしているのかと!

!?

重要動物保護局には鹿の餌料として、相応の予算が割かれているはずです。
言い換えれば重要動物保護局には鹿を飢えさせない義務が発生しているのです

そ、それは…!

今回の事案はそもそも飢えた鹿による盗み食いから始まっています

ですが鹿も飢えていなければわざわざ人間の食べ物に手を出さなかったかもしれません

つまり、つまりです

仮にこの遺骸を鹿とするのであれば!!!

鹿がなぜ飢えていたかを!
餌料として配当された予算は適正につかわれていたのかを!

本審議の前にはっきりさせようではありませんか、重要動物保護局職員殿!!!

そ、そんなの今回の審議には関係ないじゃない!?

いいえ、関係あります

もしも鹿に餌が十分にいきわたらなかったことが今回の遠因であるならば、なぜそのような事態に至ったかを明らかにする必要があるのです

1頭の鹿の殺害にあれほど異を唱えたあなたです

まさか、多くの鹿を飢えているであろう事態を黙認はしませんよね!?

だ、だって、それは上の人たちが勝手に…っ!!

あっ…!?

……

ですがもしもこの遺骸が犬であるならば…

そもそも鹿が飢えているという前提もなくなるので重要動物保護局の予算の使われ方を疑う必要もなくなるのですが…

…き、きたないっ…!!!

さあ、もう一度答えなさい!

この遺骸は鹿ですか!犬ですか!!

……し…………ぃ……!!!

大きな声ではっきり答えなさい!

犬でございます!!!

ほう…なぜそう思うのです?

だだだだだって、この遺骸は牡鹿なのに角がないじゃないですか!
そ…それが何よりの証拠です…っ!

ほう…

ただ、「勉強不足」の私でも聞いたことがあるのですが鹿は栄養がなくなると角を落とすことがあるとか…

どこで聞いたのかはとんと忘れましたが…
そのことを考えると、これは鹿なのではありませんか?

ぐぎぎぎ……!

し、鹿は角を落としたりしません…!

これは犬です!

それで間違いはないですね?

では、検察からの本件の訴えは取り下げてよろしいですね!?

うっ…もちろん…です

というわけで全会一致でこの遺骸は犬ということになりました

被告人は先ほど述べた通り、この犬を弔うこと。
いいですね?

は…はい! ありがとうございます!!

ではこれにて本件は閉廷します

 

 


 

 

あ、あの、ありがとうございます、裁判長様!!

いえ、本件のおかげで過剰な鹿保護の考え方の見直しができるかもしれません

逆にお礼を言いたいくらいですよ

そ、そんな、めっそうもありません!!
裁判長のおかげで打ち首にならずに済みました!

それもこれも、食べられたのがオカラだったおかげですね

え、何でですか?

だって、そのおかげで

貴方を「キラズ」に済みましたから

 

 

古典落語「鹿政談」より

 

※本記事内の画像はすべてAI生成画像を使用しています。